私の原点回帰の旅〜2018.10 トルコ (ブルサ)〜
マルマラ海を挟んでイスタンブールの対岸にある都市、ブルサ。
そこで、5年ぶりのホストファミリーとの再会。お義父さん、お義母さん、同い年のホストシスター。
わたしがイスラームの文化に惹かれたきっかけの十数年前のトルコでのNGO活動とホームステイの生活。気づいたらペットのカメのユラーギュンは脱走していて、おとうさんラブな新しいペットの鳥が増えて、同い年で同じ一人っ娘で同じ未婚で同じ会社員のホストシスターは相変わらずチャーミングで、いつのまにか立派なキャリアウーマンになって、家族で市内のマンションから郊外の丘の上の一軒家に引っ越していた。わたしが家族のために金融を辞めて東京から奈良に戻ってる話をしたら「大きな決断やったね!!」とびっくりしていた。
お義母さんは私の好きな料理を沢山用意してくれた。トルコで一番美味しいのはお義母さんのご飯を置いて他にないと思う。
▼朝ごはん(カフヴァルトゥ)
▼おやつ(プリンみたいな食感)
▼私の好きなマントゥ(トルコ式ラビオリのトマトとヨーグルトペースト掛け)
▼私の好きな葡萄の葉のドルマ(ヤプラクドルマ)
▼私の好きなナスのペーストとお肉の煮込み
▼私の好きな白インゲン豆の煮込み
ただこうして再会しながら思うのは、わたしが好きで惹かれるものは、トルコでもイスタンブールでもイスラーム教でもシルクロードでもなく、人々の変わらないホスピタリティと異文化への寛容さと生きることへの愛情で、その温かい人柄を当たり前に育んだイスラームの、巡礼と交易の旅を前提にコミュニティを大切にし、人の繋がりが自然にゆるく生まれていく文化システムそのものを自身でも作っていきたいんだなとということを再認識した。
悩むことがたくさんあっても、どうにもならないことがたくさんあっても、自分の人生を生きられない時が続いても、「人を愛し、文化を愛し、生きることを愛する」という戻るべきマインドにたちかえらせてもらえたような気がする。
メディアや人や宗派によって様々な見解や正しいと唱える定義があり、その一つ一つ概念に対しては敬意は払うものの、わたしにとって関係ないし興味も余りない。
宗教とか国とかの名前や枠自体に収まりきらなくて、それを超えるもっと大きな概念をゆるくはぐくめるのが、「わたしの思う」イスラーム「的」シルクロード「的」な文化の持つ懐の深さ。